毎日が刺激的で、本当に有意義で一生忘れない旅になった。大阪港を出航し旅は始まった。中国大陸、西域シルクロード、先人たちが歩んだ道を列車とバスで横断。馬と大草原を思いっきり駆けた。夜は遊牧民と踊って歌った。バザールを散策。上海の大都会のド真ん中の公園でストリートサッカー…思い出が走馬灯のように頭の中を駆け巡っている。苛酷な自然環境の前にたじろいだ。古代の遺跡の前に足が止まった。生まれて始めてこんな澄んだ空を見た。星が近く、月が明るく、真っ青な青。今まで生きてきた自分というものを見つめ直す機会になった。
モンゴル族、ウイグル族、カザフ族と、様々な民族が共存するシルクロード。それぞれに文化と歴史、そして文明があり、そのスケールを正直、つかめないけれど、歌や踊りに凝縮されているように感じた。栄枯盛衰が激しいシルクロードの道の瀬。大切に大切に守ってきた誇りを感じた。今の自分のアイデンティティって何なんだろうって思った。
そして、初めて砂漠に立った。目で見、耳で聞き、体で感じた。雄大で、何もかもを飲み込んでしまうような深みがそこにあった。悠久の大地。日本の都会では決して感じることのできない、自然の強さ、冷酷さ、空の、天のでかさ、それらを肌で感じられる場所に僕がいた。
馬と大草原を駆けて、風になるって言葉の意味を少し感じられた気がする。今まであまり気にかけなかった風の音に耳を傾け感じたくなった。
船の時間、列車の時間、街中の散策。景色に驚き、生命力に満ち溢れている人たちに出会い、そして、酒に語った。言葉の壁にぶつかりながらも、その壁を越えて手を差し伸べてくれる人の優しさに触れた。握手したことにより、人の力強さ、温かさに触れた。
そして、なによりもこの旅には音楽があった。二人のギターリストが、バスの中、電車の中、船の中で演奏してくれた。音楽は人の心を豊かにしてくれる、つなげてくれる。最高の思い出になった。
どんな言葉を選んでも伝えきれない凄まじいものがあった。今はこの旅で感じたことを整理して動き出すだけ。これが始まりのきっかけ。(学生生活)残り半年必死に自分の思いに向かって爆走しようと思う。
全国各地から様々なバックボーンを持ったメンバー。皆の個性に触れて、自分を大きく大きく成長させてくれた。確かに自分自身はちっぽけだけど、一人じゃない。あんなすごい仲間に出会えたから。そんな旅であった。だから、この言葉に尽きる。すべてに向けて、「本当にありがとう」。さぁ明日から現実世界に戻って動き出そう。
モンゴル族、ウイグル族、カザフ族と、様々な民族が共存するシルクロード。それぞれに文化と歴史、そして文明があり、そのスケールを正直、つかめないけれど、歌や踊りに凝縮されているように感じた。栄枯盛衰が激しいシルクロードの道の瀬。大切に大切に守ってきた誇りを感じた。今の自分のアイデンティティって何なんだろうって思った。
そして、初めて砂漠に立った。目で見、耳で聞き、体で感じた。雄大で、何もかもを飲み込んでしまうような深みがそこにあった。悠久の大地。日本の都会では決して感じることのできない、自然の強さ、冷酷さ、空の、天のでかさ、それらを肌で感じられる場所に僕がいた。
馬と大草原を駆けて、風になるって言葉の意味を少し感じられた気がする。今まであまり気にかけなかった風の音に耳を傾け感じたくなった。
船の時間、列車の時間、街中の散策。景色に驚き、生命力に満ち溢れている人たちに出会い、そして、酒に語った。言葉の壁にぶつかりながらも、その壁を越えて手を差し伸べてくれる人の優しさに触れた。握手したことにより、人の力強さ、温かさに触れた。
そして、なによりもこの旅には音楽があった。二人のギターリストが、バスの中、電車の中、船の中で演奏してくれた。音楽は人の心を豊かにしてくれる、つなげてくれる。最高の思い出になった。
どんな言葉を選んでも伝えきれない凄まじいものがあった。今はこの旅で感じたことを整理して動き出すだけ。これが始まりのきっかけ。(学生生活)残り半年必死に自分の思いに向かって爆走しようと思う。
全国各地から様々なバックボーンを持ったメンバー。皆の個性に触れて、自分を大きく大きく成長させてくれた。確かに自分自身はちっぽけだけど、一人じゃない。あんなすごい仲間に出会えたから。そんな旅であった。だから、この言葉に尽きる。すべてに向けて、「本当にありがとう」。さぁ明日から現実世界に戻って動き出そう。
駆ける。
笑う。
生きる。
目の前の刹那にその瞬間の自分全てを費やした半月が終わって、街に戻れば、いくつものことを同時にこなさなければならない生活が戻ってきた。
全てが目まぐるしい速度で動いていて、少し呆然としている。
厳しい旅だったように思う。
日中の気温は25度近くになり、日差しで皆顔の皮が剥けた。
日が沈めば気温は5度を切り、焚き火に当たっても歯が鳴った。
朝、草原式乾パン、塩入りミルクティー。
昼、小さなパン、ソーセージ、クラッカー、リンゴ、お茶。
夜、ついさっきまで生きていた羊の塩茹で、お茶。
草原にいる間はひたすら毎日同じ食事が続いた。
風呂も便所もなかった。
砂と汗と脂で髪は獣の毛のようになった。
物陰は必然的に女性陣に割り当てられたので、男は丘を越え用を足しに行った。
毎日10時間近く行った乗馬による移動で、体はたちまち悲鳴を上げた。
それでも毎晩、草原の民と焚き火を囲み、酒を酌み交わし、羊を喰らい、唄を歌い、夜空を見上げた。
当たり前に天の川が見えた。
数百年前に滅んだ街の上に、その頃と何ら変わらないであろう月があった。
自分なんてものは、明日馬から転げ落ちて無くなるかもしれないちっぽけなものなんだということに、そのとき改めて気がついた。
自分の小ささがひどく心地よかった。
悠久の時をその地で過ごしてきた草原の民と、滅んで土くれになりつつも、その威容を今に伝える古い街。
そしてそこに何も言えずに突っ立っている自分。
彼らの雄大さの中で、自分という存在が如何に小さいかを知った。
言葉の通じないこと、食事の粗末なこと、馬を操れないこと、更には気候の厳しさにまで不満を並び立てるオレたちに対して、 草原の民は食事を与え、馬の世話をし、唄を教え、草原での生活を教えてくれた。
彼らの大きさにただただ頭が下がった。
乗馬は常に戦いだった。
馬との。自分との。他人との。
馬は当然、自動車やバイクじゃない。
意思も性格も持ち合わせた一つの命だ。
それを操るということの意味を、オレは知らなかった。
乗り手側に強い意志が、技術が、度胸がなければ馬と人は一つになれない。
馬は黙っていても走る。何もせずとも走る。
馬は群れを作る生き物だ。当然キャラバンを組んで移動すれば滅多にその中から飛び出したりはしない。
鞍も鐙(あぶみ)もある。人間だってそうそう落ちはしない。
だけどただ跨っていても、馬を操ることは出来やしない。
好きなときに好きなように走る馬。
乗り手の行きたいところへ行かず、ただ群れに追従する馬。
乗り手がいようといなかろうと、同じように走る馬。
そんなものは道具として役に立たない。
草原では動物は徹底的に道具だった。食料、移動手段、運搬手段。
彼らは動物を利用する際には、情け容赦もなく利用し、どんな過酷なことも平気でさせた日本人が思わず目を背けるようなことも眉一つ動かさずに平然とした。 そもそも馬の方向転換、停止は轡(くつわ)で行う。馬の口に嵌められたあの鉄の輪だ。あれを右に引っ張ると口の右側が痛むので馬は右に曲がる。真っ直ぐに引くと痛みが増すので馬は止まる。馬の操り方の根本からしてそこに優しさは不純物であり、人間を遥かに凌駕する力を持つ馬の制御は、そういった日本人が抱きがちなくだらない感傷を拒むのだ。
二日も経たないうちに、オレは馬に対する優しさを捨てた。
甘ったれた感情、中途半端な思いやりを持ったままでは馬は操れないことに気が付いた。
容赦なく手綱を引き、恥も外聞もなく草原の民の掛け声を真似た。
徹底的に上下関係を叩き込もうと思った。
周りを見渡せばこう言うのも何だが、差は歴然だった。
上手く乗りこなす経験者ほど、馬に対する甘えも甘やかしもなく、馬に優しい声をかける者ほど、馬に翻弄されていた。
思いやりも、優しさもあった。馬を乗りこなす者たちにも。それは当たり前のことだ。
人馬一体という言葉にも表れている。
そう。
馬に乗るという唯一の馬との対話を通して、人と馬は一つになれるということをある日の夕方、オレは知った。
馬に乗って一週間ほどが過ぎたその日、リーダーである張さんから『危なくなる前にすぐに言え』と普段はベテランしか乗ることを許されなかった気性の荒い馬を渡された。
危険なシーン(夕焼けの中の全力疾走。撮影用に選ばれた3人で隊を外れ、時速50〜60キロで走る撮影スタッフのジープを全速力で追いかける)の撮影をするという。
あんなに膝が震えたのは久しぶりだった。
時速50〜60キロ、全力で馬と草原を駆けるということは、間違えば簡単に死ぬということだ。
草原といえど石はゴロゴロしていたし、落馬したときに運悪く後ろを馬が走っていれば蹴り殺される。ヘルメットなんかもちろんない。
一週間前まで馬に乗ったことのない奴でそのメンバーに選ばれたのはオレだけだった。
事前に言われた。
『絶対の自信がないなら今、隊に戻れ』と。
実はオレは、その前日に一頭の馬から降りていた。
気性が荒く、遊牧民や経験者が乗ると走りたがる馬だったが、オレが乗ると不思議と大人しくなった。
張さんに『疲れていて走りたくないのだろうか?』と聞くと『トミの技術がまだその馬の安心するレベルまで達していないからだ』と言われた。
あれほどの恥はなかった。
馬のほうがこちらを心配してくれていたのだ。
今自分が全力で走れば上の坊主を落としてしまう、と。
その日は一日、ひたすら自分の乗馬を考え直した。
どうすれば馬が自分を認めてくれるのか。どうすれば馬が安心して駆けられる乗り手になれるのか。
悪い馬などいないのだと思った。
いるのは馬にケチをつける小さな乗り手だけなのだと思った。
そして次の日の夕方、この問いを投げかけられた。
隊列に戻れるわけがなかった。
内心の不安と戦いながらジープを追って走り出した。
姿勢、手綱、膝。意思。全てに限界まで意識を配った。
ここで遅れてしまうなら、ここに置いていかれてしまうなら、草原に来た意味はないと思った。
始めは躊躇しがちに走っていた馬が駆け始めた。
駆けた。
速く、速く、ジープを追い越すほどに。
ジープを追い越しかけたので手綱を引いた。馬が速度を緩めた。指示通りに。
暴走じゃない。確信した。
こいつは今、自分の好き勝手に全力で駆けてるんじゃない。
オレと一緒に駆けてくれている。オレを認めて全力を出してくれている。
オレとこいつ、なんてつまらないものじゃなくて、『オレたち』になれている。
目の前のこと以外、全てが頭から消えていた。
日本のことも、一緒に来た仲間も、撮影隊のジープも、昨日も明日も、そのときは頭になかった。
自分と、自分の駆る馬、そして馬と自分の呼吸。
それだけがそのときの自分の全てだった。
一メートル、一歩、一瞬のためにその瞬間の自分を使い尽くした。
笑った。こんなのは初めてだった。
全力疾走。
人馬一体。
腹の底から笑いながら、このスピードで何かを間違えれば死ぬぞ。と頭の冷静な部分が呟いた。
構わなかった。
止めるか、死ぬか。
今この瞬間に死ぬならば、それはそれで仕方がないと思った。悔いはないと思った。
『よっしゃ!行こうか!』
いつの間にか現地民の真似をやめ、自分の言葉を叫んでいた。
周りを見れば、一緒に走る他の2人も笑っていた。叫んでいた。
意味のない言葉。
心の底の形にならない、だけど溢れ出して止まらないものを声にしていた。
茜色に染まった草原で、真っ赤な空を仰いで、心の底から。
次の瞬間には誰かが大怪我をするかもしれない状況の中で、
3人で心の底から笑っていた。
張さんから止まれの合図が入り、疾走を終えた後、呼吸と鼓動が大変なことになっていることに気が付いた。
馬も息が上がっていた。首を掻いてやると大きく息を吐いた。
優しさでも甘えでも、甘やかしでもなく、厳しさの中で生まれる信頼を知った。
それがどれだけとんでもないものなのか、その片鱗を知った。
笑う。
生きる。
目の前の刹那にその瞬間の自分全てを費やした半月が終わって、街に戻れば、いくつものことを同時にこなさなければならない生活が戻ってきた。
全てが目まぐるしい速度で動いていて、少し呆然としている。
厳しい旅だったように思う。
日中の気温は25度近くになり、日差しで皆顔の皮が剥けた。
日が沈めば気温は5度を切り、焚き火に当たっても歯が鳴った。
朝、草原式乾パン、塩入りミルクティー。
昼、小さなパン、ソーセージ、クラッカー、リンゴ、お茶。
夜、ついさっきまで生きていた羊の塩茹で、お茶。
草原にいる間はひたすら毎日同じ食事が続いた。
風呂も便所もなかった。
砂と汗と脂で髪は獣の毛のようになった。
物陰は必然的に女性陣に割り当てられたので、男は丘を越え用を足しに行った。
毎日10時間近く行った乗馬による移動で、体はたちまち悲鳴を上げた。
それでも毎晩、草原の民と焚き火を囲み、酒を酌み交わし、羊を喰らい、唄を歌い、夜空を見上げた。
当たり前に天の川が見えた。
数百年前に滅んだ街の上に、その頃と何ら変わらないであろう月があった。
自分なんてものは、明日馬から転げ落ちて無くなるかもしれないちっぽけなものなんだということに、そのとき改めて気がついた。
自分の小ささがひどく心地よかった。
悠久の時をその地で過ごしてきた草原の民と、滅んで土くれになりつつも、その威容を今に伝える古い街。
そしてそこに何も言えずに突っ立っている自分。
彼らの雄大さの中で、自分という存在が如何に小さいかを知った。
言葉の通じないこと、食事の粗末なこと、馬を操れないこと、更には気候の厳しさにまで不満を並び立てるオレたちに対して、 草原の民は食事を与え、馬の世話をし、唄を教え、草原での生活を教えてくれた。
彼らの大きさにただただ頭が下がった。
乗馬は常に戦いだった。
馬との。自分との。他人との。
馬は当然、自動車やバイクじゃない。
意思も性格も持ち合わせた一つの命だ。
それを操るということの意味を、オレは知らなかった。
乗り手側に強い意志が、技術が、度胸がなければ馬と人は一つになれない。
馬は黙っていても走る。何もせずとも走る。
馬は群れを作る生き物だ。当然キャラバンを組んで移動すれば滅多にその中から飛び出したりはしない。
鞍も鐙(あぶみ)もある。人間だってそうそう落ちはしない。
だけどただ跨っていても、馬を操ることは出来やしない。
好きなときに好きなように走る馬。
乗り手の行きたいところへ行かず、ただ群れに追従する馬。
乗り手がいようといなかろうと、同じように走る馬。
そんなものは道具として役に立たない。
草原では動物は徹底的に道具だった。食料、移動手段、運搬手段。
彼らは動物を利用する際には、情け容赦もなく利用し、どんな過酷なことも平気でさせた日本人が思わず目を背けるようなことも眉一つ動かさずに平然とした。 そもそも馬の方向転換、停止は轡(くつわ)で行う。馬の口に嵌められたあの鉄の輪だ。あれを右に引っ張ると口の右側が痛むので馬は右に曲がる。真っ直ぐに引くと痛みが増すので馬は止まる。馬の操り方の根本からしてそこに優しさは不純物であり、人間を遥かに凌駕する力を持つ馬の制御は、そういった日本人が抱きがちなくだらない感傷を拒むのだ。
二日も経たないうちに、オレは馬に対する優しさを捨てた。
甘ったれた感情、中途半端な思いやりを持ったままでは馬は操れないことに気が付いた。
容赦なく手綱を引き、恥も外聞もなく草原の民の掛け声を真似た。
徹底的に上下関係を叩き込もうと思った。
周りを見渡せばこう言うのも何だが、差は歴然だった。
上手く乗りこなす経験者ほど、馬に対する甘えも甘やかしもなく、馬に優しい声をかける者ほど、馬に翻弄されていた。
思いやりも、優しさもあった。馬を乗りこなす者たちにも。それは当たり前のことだ。
人馬一体という言葉にも表れている。
そう。
馬に乗るという唯一の馬との対話を通して、人と馬は一つになれるということをある日の夕方、オレは知った。
馬に乗って一週間ほどが過ぎたその日、リーダーである張さんから『危なくなる前にすぐに言え』と普段はベテランしか乗ることを許されなかった気性の荒い馬を渡された。
危険なシーン(夕焼けの中の全力疾走。撮影用に選ばれた3人で隊を外れ、時速50〜60キロで走る撮影スタッフのジープを全速力で追いかける)の撮影をするという。
あんなに膝が震えたのは久しぶりだった。
時速50〜60キロ、全力で馬と草原を駆けるということは、間違えば簡単に死ぬということだ。
草原といえど石はゴロゴロしていたし、落馬したときに運悪く後ろを馬が走っていれば蹴り殺される。ヘルメットなんかもちろんない。
一週間前まで馬に乗ったことのない奴でそのメンバーに選ばれたのはオレだけだった。
事前に言われた。
『絶対の自信がないなら今、隊に戻れ』と。
実はオレは、その前日に一頭の馬から降りていた。
気性が荒く、遊牧民や経験者が乗ると走りたがる馬だったが、オレが乗ると不思議と大人しくなった。
張さんに『疲れていて走りたくないのだろうか?』と聞くと『トミの技術がまだその馬の安心するレベルまで達していないからだ』と言われた。
あれほどの恥はなかった。
馬のほうがこちらを心配してくれていたのだ。
今自分が全力で走れば上の坊主を落としてしまう、と。
その日は一日、ひたすら自分の乗馬を考え直した。
どうすれば馬が自分を認めてくれるのか。どうすれば馬が安心して駆けられる乗り手になれるのか。
悪い馬などいないのだと思った。
いるのは馬にケチをつける小さな乗り手だけなのだと思った。
そして次の日の夕方、この問いを投げかけられた。
隊列に戻れるわけがなかった。
内心の不安と戦いながらジープを追って走り出した。
姿勢、手綱、膝。意思。全てに限界まで意識を配った。
ここで遅れてしまうなら、ここに置いていかれてしまうなら、草原に来た意味はないと思った。
始めは躊躇しがちに走っていた馬が駆け始めた。
駆けた。
速く、速く、ジープを追い越すほどに。
ジープを追い越しかけたので手綱を引いた。馬が速度を緩めた。指示通りに。
暴走じゃない。確信した。
こいつは今、自分の好き勝手に全力で駆けてるんじゃない。
オレと一緒に駆けてくれている。オレを認めて全力を出してくれている。
オレとこいつ、なんてつまらないものじゃなくて、『オレたち』になれている。
目の前のこと以外、全てが頭から消えていた。
日本のことも、一緒に来た仲間も、撮影隊のジープも、昨日も明日も、そのときは頭になかった。
自分と、自分の駆る馬、そして馬と自分の呼吸。
それだけがそのときの自分の全てだった。
一メートル、一歩、一瞬のためにその瞬間の自分を使い尽くした。
笑った。こんなのは初めてだった。
全力疾走。
人馬一体。
腹の底から笑いながら、このスピードで何かを間違えれば死ぬぞ。と頭の冷静な部分が呟いた。
構わなかった。
止めるか、死ぬか。
今この瞬間に死ぬならば、それはそれで仕方がないと思った。悔いはないと思った。
『よっしゃ!行こうか!』
いつの間にか現地民の真似をやめ、自分の言葉を叫んでいた。
周りを見れば、一緒に走る他の2人も笑っていた。叫んでいた。
意味のない言葉。
心の底の形にならない、だけど溢れ出して止まらないものを声にしていた。
茜色に染まった草原で、真っ赤な空を仰いで、心の底から。
次の瞬間には誰かが大怪我をするかもしれない状況の中で、
3人で心の底から笑っていた。
張さんから止まれの合図が入り、疾走を終えた後、呼吸と鼓動が大変なことになっていることに気が付いた。
馬も息が上がっていた。首を掻いてやると大きく息を吐いた。
優しさでも甘えでも、甘やかしでもなく、厳しさの中で生まれる信頼を知った。
それがどれだけとんでもないものなのか、その片鱗を知った。
奔流中国はどんな旅かと申しますと、 「出会い」。様々なものに出会える旅だと思います。何に出会えるかと申しますと、5つに僕の中では分かれるかなと思います。順を追って説明して行きたいと思います。
まず、中国のもう本当に生の生活に出会えるんですよね。なぜかと言うと、普通の旅より自由時間が多いんですよ、奔流中国は。自由時間の時に街を歩く。この街を歩くというのはすごく、なんていうのかな、本当に感じるものがあって、例えば建物とか人の動きとか感じることができますね。具体的に上海の街はどんな街かというと、すごく大都市で、大都会で。
例えば左を見ると、超高層ビルがたってるんですよ。わぁーすげーって。右見たらジャッキーチェンの映画じゃないけど、昔ながらの建物があったりして、昔と今がすごい入り混じっている街かなと思いますね。
で、自由行動はそれぞれ皆あると思うんですけど、何か自分の意識を持って行動すると実になると思います。上海でも例えば街中歩いてて、ゲームみたいな、囲碁みたいなのをしている人がいたりとか。後は例えば、地下鉄とか乗ると普通にマナーモードとか無しとかで、着メロだったりだとか。そういった身近なところでも、中国ってこんな国なのかなって実感できますね。チベット行く人は、ラサって町は非常に日差しが強くて、空が青くて、そしてまたすごい宗教心が高い街で、街を歩くだけでもそういったことを感じ取れるので、ぜひとも街を歩いてください。
2つ目に中国の歴史について話そうかと思います。トルファンの交河城なんですけど、昔の街が遺跡になってるんですよ。
そこを巡るんですよね。だからすごく壮大で、その遺跡の中にいるとその当事の生活ぶりがわかるぐらいなんで、すごい感動しますね。敦煌に行く方も多いと思うんですけど、莫高窟も有名かと思うんですけど、そこの遺跡は写真を撮ることが出来きないんですね。自分の心に残すことが重要になってくるんです。基本的に遺跡の壁画とかは写真に撮れないので、そこはみなさん覚えておいたほうがいいかなと思います。チベットに行く方もポタラ宮殿に行く方も写真が撮れないのですが、だけど自分のものにしようと意識していれば、鮮明に壁画とか中の事とか思い出せます。
3つ目に、中国に行っての出会いで、僕の中で興味があったのは、中国の経済発展にすごい出会えたかなと。中国では、バスで移動することもあるんですけど、電車で移動したりもする。その時に街を作ってるんですね。街全体を作ってたりとか例えば、上海だったら建物、すごい工事がたくさんやってたりだとか。それで、最初上海なんですけど、徐々に徐々に奥地に行くんですよ。そうすると中国の経済の差。中国奥地の経済と、都心部の差。そういった視点も見れるので、本とか雑誌とか新聞とかで出会えるもの以上に自分で感じれると思います。
僕が一番印象深かったのは、多分シルクロードに行く人は多分行くと思うんですけども、高倉古城っていう遺跡があるんですよ。そこに行くまでにおそらくロバ車かなにかに乗って行くんですね。ロバ車にのって高倉古城の遺跡まで行くんですけど、その間に街を通るんですけども、その街がすごい貧しい街で、電気も無いし、下水道も無いし、水のインフラもしっかりしてないと。そういった中で、子供達がお金をちょうだいと言ってくるんですね。そういったことも普通の旅では出会えないと思うんですね。その経験から、僕は今の生活の贅沢さとかありがたさとかを実感したんですね。そういった価値観の変わる出会いがたくさんあると思います。
4点目なんですけれども、僕がすごい心に刻まれた出会いは、中国の壮大な景色との出会いですね。タクラマカン砂漠で地平線から朝日が出てくるのを見たんですけど、そういったものと出会うとやはりその感銘を受けて、絶対に自信とか誇りになると思うんで、日本に帰ってきてからも。そういった、数少ない景色も見れるし、あと鳴砂山って砂漠で皆なんか登ってたやつあると思うんですけど、そこも砂漠の丘の奥も全部砂漠なので。鳴砂山へ行くのはどのプランも夕方になると思うんですけども、鳴砂山の奥の方に歩いていくと、山を越えると、夕日、日地没が見えるんですね。そういったのも、日没を見るのにも挑戦してみるといいんじゃないかなと思います。
それで、チベットに行く人はすごい聞いて欲しいんですけども、ヤムドグゴンっていうところに行くんですよ。ここは標高が4800メートルのところに湖があるんだけども、鮮やかな青一色の世界。そこはもう体調を崩してしまうともったいないので、ぜひとも健康体で見てください。
最後に奔流中国の最大の魅力は、他大学の仲間達と出会えるということ。最初は一人で参加してなかよくなれるか心配だと皆思うと思うんですけど、おんなじ行動を2週間なり二十日なり一緒に行動を共にする仲間達っていうのは、間違いなくかけがえのない存在になって、これからも自分の人生の中でもすごい貴重な繋がりになっていくと思うんですね。僕も年末か、大学三年生の時に行ったタクラマカンの時の仲間と忘年会をしたり、後は一月の上旬に一緒にスキーに行ったりとか、来週またチベットのやつらとちょっと飲み会があるのでそういったのが頻繁になるので、今の自分の交友関係とかがもっともっと大きくなって、もっといろんな人に出会えるんです。
間違いなく言えるのが、この奔流中国の旅っつていうのはひとり一人の人生じゃないけど、そういった重要な部分の価値観を変えてくれる。良い意味で変えてくれるんです。そして帰ってきてからも一回りも二周りも本当に変えてくれるので、そういった意味も含めて、是非みんなに参加してもらって、貴重な経験をしてもらったらいいなと思います。
まず、中国のもう本当に生の生活に出会えるんですよね。なぜかと言うと、普通の旅より自由時間が多いんですよ、奔流中国は。自由時間の時に街を歩く。この街を歩くというのはすごく、なんていうのかな、本当に感じるものがあって、例えば建物とか人の動きとか感じることができますね。具体的に上海の街はどんな街かというと、すごく大都市で、大都会で。
例えば左を見ると、超高層ビルがたってるんですよ。わぁーすげーって。右見たらジャッキーチェンの映画じゃないけど、昔ながらの建物があったりして、昔と今がすごい入り混じっている街かなと思いますね。
で、自由行動はそれぞれ皆あると思うんですけど、何か自分の意識を持って行動すると実になると思います。上海でも例えば街中歩いてて、ゲームみたいな、囲碁みたいなのをしている人がいたりとか。後は例えば、地下鉄とか乗ると普通にマナーモードとか無しとかで、着メロだったりだとか。そういった身近なところでも、中国ってこんな国なのかなって実感できますね。チベット行く人は、ラサって町は非常に日差しが強くて、空が青くて、そしてまたすごい宗教心が高い街で、街を歩くだけでもそういったことを感じ取れるので、ぜひとも街を歩いてください。
2つ目に中国の歴史について話そうかと思います。トルファンの交河城なんですけど、昔の街が遺跡になってるんですよ。
そこを巡るんですよね。だからすごく壮大で、その遺跡の中にいるとその当事の生活ぶりがわかるぐらいなんで、すごい感動しますね。敦煌に行く方も多いと思うんですけど、莫高窟も有名かと思うんですけど、そこの遺跡は写真を撮ることが出来きないんですね。自分の心に残すことが重要になってくるんです。基本的に遺跡の壁画とかは写真に撮れないので、そこはみなさん覚えておいたほうがいいかなと思います。チベットに行く方もポタラ宮殿に行く方も写真が撮れないのですが、だけど自分のものにしようと意識していれば、鮮明に壁画とか中の事とか思い出せます。
3つ目に、中国に行っての出会いで、僕の中で興味があったのは、中国の経済発展にすごい出会えたかなと。中国では、バスで移動することもあるんですけど、電車で移動したりもする。その時に街を作ってるんですね。街全体を作ってたりとか例えば、上海だったら建物、すごい工事がたくさんやってたりだとか。それで、最初上海なんですけど、徐々に徐々に奥地に行くんですよ。そうすると中国の経済の差。中国奥地の経済と、都心部の差。そういった視点も見れるので、本とか雑誌とか新聞とかで出会えるもの以上に自分で感じれると思います。
僕が一番印象深かったのは、多分シルクロードに行く人は多分行くと思うんですけども、高倉古城っていう遺跡があるんですよ。そこに行くまでにおそらくロバ車かなにかに乗って行くんですね。ロバ車にのって高倉古城の遺跡まで行くんですけど、その間に街を通るんですけども、その街がすごい貧しい街で、電気も無いし、下水道も無いし、水のインフラもしっかりしてないと。そういった中で、子供達がお金をちょうだいと言ってくるんですね。そういったことも普通の旅では出会えないと思うんですね。その経験から、僕は今の生活の贅沢さとかありがたさとかを実感したんですね。そういった価値観の変わる出会いがたくさんあると思います。
4点目なんですけれども、僕がすごい心に刻まれた出会いは、中国の壮大な景色との出会いですね。タクラマカン砂漠で地平線から朝日が出てくるのを見たんですけど、そういったものと出会うとやはりその感銘を受けて、絶対に自信とか誇りになると思うんで、日本に帰ってきてからも。そういった、数少ない景色も見れるし、あと鳴砂山って砂漠で皆なんか登ってたやつあると思うんですけど、そこも砂漠の丘の奥も全部砂漠なので。鳴砂山へ行くのはどのプランも夕方になると思うんですけども、鳴砂山の奥の方に歩いていくと、山を越えると、夕日、日地没が見えるんですね。そういったのも、日没を見るのにも挑戦してみるといいんじゃないかなと思います。
それで、チベットに行く人はすごい聞いて欲しいんですけども、ヤムドグゴンっていうところに行くんですよ。ここは標高が4800メートルのところに湖があるんだけども、鮮やかな青一色の世界。そこはもう体調を崩してしまうともったいないので、ぜひとも健康体で見てください。
最後に奔流中国の最大の魅力は、他大学の仲間達と出会えるということ。最初は一人で参加してなかよくなれるか心配だと皆思うと思うんですけど、おんなじ行動を2週間なり二十日なり一緒に行動を共にする仲間達っていうのは、間違いなくかけがえのない存在になって、これからも自分の人生の中でもすごい貴重な繋がりになっていくと思うんですね。僕も年末か、大学三年生の時に行ったタクラマカンの時の仲間と忘年会をしたり、後は一月の上旬に一緒にスキーに行ったりとか、来週またチベットのやつらとちょっと飲み会があるのでそういったのが頻繁になるので、今の自分の交友関係とかがもっともっと大きくなって、もっといろんな人に出会えるんです。
間違いなく言えるのが、この奔流中国の旅っつていうのはひとり一人の人生じゃないけど、そういった重要な部分の価値観を変えてくれる。良い意味で変えてくれるんです。そして帰ってきてからも一回りも二周りも本当に変えてくれるので、そういった意味も含めて、是非みんなに参加してもらって、貴重な経験をしてもらったらいいなと思います。
僕は、奔流を一言で表すとしたら、「新しい自分の発見」だと思います。
奔流に行った人と話してて、みんな何かしら変わったって言うんですね。芸術のスタイルとか、精神的な強さとか、ほんとに人それぞれなんですけど、みんな変わった、新しい自分を発見したって言ってます。
じゃあ僕は何が変わったかっていうことなんですけど、僕は、美しさに対する感覚が、この奔流を通して大きく変わりました。
それまでも、奔流に行く前からも美しいとかそういうものを感じる面もあったんですけど、でも奔流から帰ってきて、ほんとの意味の美しさを、本質的な美しさを自分自身は感じられるようになったんじゃないかなと思っています。
何故そんなふうに変わったかってことなんですけど、モンゴルって本当に何にもないんですよ。
水道もないし、ビールもないし、コンビニとか自動販売機とか、今まで自分の周りにあったものが何にもなくなるんです。
本当に、行ってみて混乱するんですよ。どうしたらいいんだろう。どうやってここで生きていくの、自分らって。
でも、そういうところで何日か過ごすと、あるとき真っ白になるんですよ、自分が。
「本当に今、自分が自由だ」、そう感じるんですね。
何も問題なくて、何も考える必要もない、何にも追われていない。まっさらな自分に、今生まれ変わったんだなっていう感じを受けました。
そっから、何を見ても今まで自分が見出せなかった美しさっていうのを、僕は見出せるようになりました。草原とか星空とか走る馬とか、行ったときからすごいなって思ってたんですけど、でもそれを機に、なんか見るたびに溢れ出てくる思いがあるんですね。
恋愛みたいな感じで、何でこんな気持ちになるか分からないけど、ただそういう気持ちになってる。僕はそういう気持ちに、あれを機になりました。
僕がモンゴルで出会った一番美しい景色というのが、月なんですね。
ある晩、遺跡の上に登ったんですね。そこで、地平線から月が出てくるんですね。
その色が、今まで見たこともないような色なんですね。黄色でもないし、オレンジでもないし。
とても言葉では表せないそういう色をした月を僕はモンゴルで見て、それが今、自分自身の原風景になってるんじゃないかと思います。
自分が変わっていなかったら、そういう美しさは見出せなかったんじゃないかなと思います。
日本に帰ってきてもその変化が続いていて、何も見ても今まで見出せなかった美しさというものを感じています。
桜とかを見ても、新緑を見ても、空を見ても、今まで全く気づかなかった美しさを、僕は日々感じています。
そして思うんですね。
自分は今素晴らしい環境に生きてるのに何でそれに気づかなかったんだろうって。
自分はこんないいところに生きてるのに、いろんなことになんか不満つけたりして、本当に人生損してたなって思えるようになりました。
僕は芸術を目指すとか、あと社会人になってるわけでもないので、何か思いを形にするってことできないんですけど、ただ奔流に行って新しい自分を見つけて、人生が豊かになったなって今感じています。
もし皆さんに少しでも新しい自分を発見したいとか、自分を変えてみたいとか、そういう気持ちがあったら、モンゴルに行ってみてください。
必ず何かを見つけられると思います。
そしてその変化は、帰ってきた後、みなさんの人生をもっと豊かにしてくれると思いますし、それがいつか社会に出て行くときに何かしら役に立ってくれると、僕は信じています。
奔流に行った人と話してて、みんな何かしら変わったって言うんですね。芸術のスタイルとか、精神的な強さとか、ほんとに人それぞれなんですけど、みんな変わった、新しい自分を発見したって言ってます。
じゃあ僕は何が変わったかっていうことなんですけど、僕は、美しさに対する感覚が、この奔流を通して大きく変わりました。
それまでも、奔流に行く前からも美しいとかそういうものを感じる面もあったんですけど、でも奔流から帰ってきて、ほんとの意味の美しさを、本質的な美しさを自分自身は感じられるようになったんじゃないかなと思っています。
何故そんなふうに変わったかってことなんですけど、モンゴルって本当に何にもないんですよ。
水道もないし、ビールもないし、コンビニとか自動販売機とか、今まで自分の周りにあったものが何にもなくなるんです。
本当に、行ってみて混乱するんですよ。どうしたらいいんだろう。どうやってここで生きていくの、自分らって。
でも、そういうところで何日か過ごすと、あるとき真っ白になるんですよ、自分が。
「本当に今、自分が自由だ」、そう感じるんですね。
何も問題なくて、何も考える必要もない、何にも追われていない。まっさらな自分に、今生まれ変わったんだなっていう感じを受けました。
そっから、何を見ても今まで自分が見出せなかった美しさっていうのを、僕は見出せるようになりました。草原とか星空とか走る馬とか、行ったときからすごいなって思ってたんですけど、でもそれを機に、なんか見るたびに溢れ出てくる思いがあるんですね。
恋愛みたいな感じで、何でこんな気持ちになるか分からないけど、ただそういう気持ちになってる。僕はそういう気持ちに、あれを機になりました。
僕がモンゴルで出会った一番美しい景色というのが、月なんですね。
ある晩、遺跡の上に登ったんですね。そこで、地平線から月が出てくるんですね。
その色が、今まで見たこともないような色なんですね。黄色でもないし、オレンジでもないし。
とても言葉では表せないそういう色をした月を僕はモンゴルで見て、それが今、自分自身の原風景になってるんじゃないかと思います。
自分が変わっていなかったら、そういう美しさは見出せなかったんじゃないかなと思います。
日本に帰ってきてもその変化が続いていて、何も見ても今まで見出せなかった美しさというものを感じています。
桜とかを見ても、新緑を見ても、空を見ても、今まで全く気づかなかった美しさを、僕は日々感じています。
そして思うんですね。
自分は今素晴らしい環境に生きてるのに何でそれに気づかなかったんだろうって。
自分はこんないいところに生きてるのに、いろんなことになんか不満つけたりして、本当に人生損してたなって思えるようになりました。
僕は芸術を目指すとか、あと社会人になってるわけでもないので、何か思いを形にするってことできないんですけど、ただ奔流に行って新しい自分を見つけて、人生が豊かになったなって今感じています。
もし皆さんに少しでも新しい自分を発見したいとか、自分を変えてみたいとか、そういう気持ちがあったら、モンゴルに行ってみてください。
必ず何かを見つけられると思います。
そしてその変化は、帰ってきた後、みなさんの人生をもっと豊かにしてくれると思いますし、それがいつか社会に出て行くときに何かしら役に立ってくれると、僕は信じています。
ただ単に「楽しそう」とノリで参加したこのツアーがこんなにも自分を成長させ、これからの自分に大きく影響を与えるものになるとは、出発前、夢にも思いませんでした。モンゴルの人々、馬、食べ物、風習などに触れ、私は確実に視野が広がり、考え方も変わった。
モンゴルの馬は、普通の馬より小さくて、温和と聞いていたが、初日に張さんの乗馬講座を聞いて、いざ馬に近づいてみると、意外と大きくて驚いた。たしかに性格は温和だったのかもしれないが、乗馬経験がほとんどない私には恐くて仕方がなかった。
そのような気持ちのまま、残念ながら3日目くらいまで乗馬をしてしまった。最初は足も腰もお腹も痛いと、口からはひたすら文句しかでないし、馬に乗っていても、次はいつどこで休憩なのだろうかということしか頭になかった。しかし、一番の山であった3日目の40キロ以上移動した日以降私の中で何かが変わった。馬に対してだんだんと愛着がわきはじめ、どんどん可愛く感じるようになってきた。足はあざだらけだし、筋肉痛もひどいはずなのに、馬でいくら移動しても気持ち良く感じ、汗だくで頑張っている自分の馬に心の中でエールを送っていた。すると不思議と張さんが求めるべきといっていた一体感が感じられるような気がして嬉しくてたまらなかった。馬にお疲れ様の意を込めて馬と共に歩いた時は、踏まれてしまう危険性も忘れ、真横で歩いてしまった。
私がこのようにしてモンゴルの馬の素晴らしさを体から感じることができるようになったのは、もちろん自分一人の力ではない。常に皆に目をむけて下さって、たくさんの心に響くお話しをして下さった張さんをはじめ、ずっと私たちの世話をして下さった遊牧民の方々。彼らとはもちろん言葉は通じない。しかし一緒に過ごす時間は、心の底から楽しくいっぱい笑った。言葉が通じない分、相手が今何を考え、思っているのだろうかと普段はそこまで使わない神経を使ってコミュニケーションをはかろうとした。そして、たくさんのジェスチャーや音楽を交えてまさに心の交渉に成功した。ここまで、身をもって感じることのできた心の交流は、初めてであり、貴重な体験となった。
東京の都心で毎日せわしなく動いている自分と、大草原の中を馬で駆け抜けていた私とでは確実に何かちがった。馬の上では、決まって考えなければならないこともなければ、何かに追われてる感もない。完全に自由であった。
見渡す限りの大草原、満天の星空、流れ星、休憩時に食べるおいしいスイカやハミウリ、寒い中で温かく燃え上がるキャンプファイヤー、馬の優しい目、遊牧民の心からの笑顔。全てが一生の宝の思い出となった。このモンゴルでの5日間は、私の人生の中で一番濃い5日間となったことは間違いない。モンゴルで私は一番、心の気持ちの大切さを学ぶことができた。この経験、またモンゴルで考えたこと、感じたこと、どれ一つも忘れずに、日本での生活、これからの人生に生かしていけたら、一回りも二回りも大きく、豊かな自分に出会える気がする。
モンゴルの馬は、普通の馬より小さくて、温和と聞いていたが、初日に張さんの乗馬講座を聞いて、いざ馬に近づいてみると、意外と大きくて驚いた。たしかに性格は温和だったのかもしれないが、乗馬経験がほとんどない私には恐くて仕方がなかった。
そのような気持ちのまま、残念ながら3日目くらいまで乗馬をしてしまった。最初は足も腰もお腹も痛いと、口からはひたすら文句しかでないし、馬に乗っていても、次はいつどこで休憩なのだろうかということしか頭になかった。しかし、一番の山であった3日目の40キロ以上移動した日以降私の中で何かが変わった。馬に対してだんだんと愛着がわきはじめ、どんどん可愛く感じるようになってきた。足はあざだらけだし、筋肉痛もひどいはずなのに、馬でいくら移動しても気持ち良く感じ、汗だくで頑張っている自分の馬に心の中でエールを送っていた。すると不思議と張さんが求めるべきといっていた一体感が感じられるような気がして嬉しくてたまらなかった。馬にお疲れ様の意を込めて馬と共に歩いた時は、踏まれてしまう危険性も忘れ、真横で歩いてしまった。
私がこのようにしてモンゴルの馬の素晴らしさを体から感じることができるようになったのは、もちろん自分一人の力ではない。常に皆に目をむけて下さって、たくさんの心に響くお話しをして下さった張さんをはじめ、ずっと私たちの世話をして下さった遊牧民の方々。彼らとはもちろん言葉は通じない。しかし一緒に過ごす時間は、心の底から楽しくいっぱい笑った。言葉が通じない分、相手が今何を考え、思っているのだろうかと普段はそこまで使わない神経を使ってコミュニケーションをはかろうとした。そして、たくさんのジェスチャーや音楽を交えてまさに心の交渉に成功した。ここまで、身をもって感じることのできた心の交流は、初めてであり、貴重な体験となった。
東京の都心で毎日せわしなく動いている自分と、大草原の中を馬で駆け抜けていた私とでは確実に何かちがった。馬の上では、決まって考えなければならないこともなければ、何かに追われてる感もない。完全に自由であった。
見渡す限りの大草原、満天の星空、流れ星、休憩時に食べるおいしいスイカやハミウリ、寒い中で温かく燃え上がるキャンプファイヤー、馬の優しい目、遊牧民の心からの笑顔。全てが一生の宝の思い出となった。このモンゴルでの5日間は、私の人生の中で一番濃い5日間となったことは間違いない。モンゴルで私は一番、心の気持ちの大切さを学ぶことができた。この経験、またモンゴルで考えたこと、感じたこと、どれ一つも忘れずに、日本での生活、これからの人生に生かしていけたら、一回りも二回りも大きく、豊かな自分に出会える気がする。
私はどこに向かって走っていたのだろう?
私は何に向かって走っていたのだろう?
モンゴルの大草原で馬とひとつになって考えた
これは私の体を運んでいく旅じゃない
心を運んでいく旅なんだ
ものすごい勢いで駆け抜けている時、私と馬は一つになって風をきった。
風は音だけでなく恐怖心も与えてきた。
けれど、もっと上手くなりたい、もっと早く走りたい。
自分じゃないくらい大胆になれた。
船と列車とバスに揺られて4日間、モンゴルの大草原に着いた。
生まれて初めて“本当の草原”を肌で感じた。
お昼の後、主宰者の張さんの乗馬講座が始まった
皆静かに、真剣に聞いていた。
今までのガイドと違って、張さんの優しい声の中に、厳しさを感じた。
少し心配になった。
(キャラバン初日)
馬が集まってきた。
目の前の馬達を見ても、これからの五日間を現実としてなかなか受け入れられなかった。
初乗りは大胆に走りたい人とそうでない人と分けられて、皆一頭ずつ馬を割り当てられた。
いざ乗ろうとすると、慌てた。
教えてくれたことを忘れそうだった。
馬は勝手に動き始めた。
最初から楽しんでいる子がいればキャーキャーと声を出す女の子もいた。
お尻を鞍にぶつけて痛くなったけど、馬の揺れはとても気持ちよくなっていた。
60頭が一団になって歩くなんて、想像もできなかったけど、実際その一員になるとそれは確かに現実だった。馬の背の上で見た夕日はとてもまぶしかった。
夜になるとキャンプファイヤが始まった
みんなで火を囲んでホーミンや馬頭琴の音に聞き入った。
夜空に広がる数え切れない星たちの下で、初日の夜は更けていった。
(キャラバン二日目)
草原の朝は早い。
けれど、太陽が昇ってくると夜の寒さと一転して温かくなってくる。
晴れ渡る空と温かい風で始まる一日。
出発前、張さんからキャラバンの目的と目標を告げられた。
前日と違ってこの日は本当の遊牧民の住む大草原へ進んだ。
また見たことのない目的地へ、馬は進みだした。
草原は果てしなく広がっていく、幾つもの山を越えてまた続く。
二日目なのに、駆け足で進んだ。馬の上にいると、わずか一メートル高くなるだけで、
なぜか見える景色はまったく違う。世界が今まで見てきた何倍にも感じた。
丘の上で昼休憩を取る。スイカなどの果物が用意されていた。
スイカは今まで食べた中で一番甘くて、おいしかった。
近くの丘の上にあった、祭壇のようなものへ行った。
それは、オボーというもので、天の神様を祭るための場所らしい。
オボーからすべての方向を見渡せる。
どの方向も地の果てまで見えた。
緑のグラデーションが見えた。
草原の起伏が見えた。
初めて草原に道があることに気付いた。
その道をただひたすら走り続け、その日の宿泊地にたどり着いた。
自分の目で遊牧民の生活を見てみるとそれは楽しいようで厳しいものだった。(ゲルのシーンも)
張さんから遊牧生活の現状を聞いた。
そして、私も遊牧民の人達も同じ地球に住んでいることを改めて知った。
本物のゲルはとても床が固い。
けれど、大地に横になって寝るのは贅沢なのかもしれないと思った。
モンゴルの大地に響く馬のいななきも聞きながら眠りについた。
(キャラバン三日目)
朝はいつも温かく、時間がゆっくりと流れる。
この日走る道は古代シルクロードの北のルートだった。
遠くを眺めても何もないこの大地に、古代から人々が行き来していたことを思うと自然と
胸が高鳴った。
草原は波を打ってどこまでも続く。
思い切って風のように走る。
風が向かってくるのではなく、風に向かって走る感覚を感じ始めていた。
午後の道はそれまでと違い、一面の畑の中を通った。
道は細く馬を操って道を通りぬけてゆく。
幾つもの街が見えた。見慣れない遺跡のような街。
しかし、人はそこに住んでいた。
街を通り抜けると又草原。遠く見える馬の群れを目指すように全員が駆け足で進んだ。
三日目になるとひざもお尻も痛みを感じなくなっていた。
宿営地に着いたのが早かったので付近で発見された無名の壁画を見に行くことになった。
何千年も前の壁画が荒野の中に点在していた。
絵は動物をモチーフにしたものが多く、原始的だが生き生きとしていた。
壁画のところで夜を待つ。
ただそれだけのために皆が、岩の上・草の上に寝転がった。
地平線から昇ってきた月は見たことのない色で鳥肌がたった。
「美しい」って「綺麗」って何なのだろう?
闇に浮かぶ月の下で私の世界は少しずつ、けれど確実に広がっていった。
(キャラバン四日目)
穏やかな朝日の中で動き出すものもいれば、そこで動きを止めてしまうものもいる。
朝の羊の解体は私たちが普段忘れている「食べる」ということを肌で感じさせてくれた。
キャラバン隊は出発した。今日はひたすら広い草原を進む。
最初の頃とは違い、景色を楽しむ余裕があった。
もう、馬は知らない動物じゃなく、私をここまで運んでくれたパートナーだった。
張さんの合図で皆丘の上を目指して駆け出した。
先頭の馬たちに追いつこうと必死に走る。
流れる風景はとても早いのに、なぜかはっきりと見えた。
頂上で馬が止まった時、みんな顔を見合わせて笑った。
嬉しくて、目はきらきらさせて心の底から笑った。
心が旅をしている。
馬に乗って、遠くの山を目指して移動した。体は本当に疲れたし、帰りたいとも思った。
けど、どんなに疲れていても次の山を越えたかったしまだまだいける気持ちでいた。
瞳に映るすべての景色が心にとけこんでいく。
不思議なことに、時間はゆっくりだけど着実に進んで、キャラバンは私たちをゲルに運んでくれる)
馬から下りると何故か泣いてしまった。
明日一日しかないと思うと、思わず涙が止まらなかった。
一人、丘を登って夕日を見た。
綺麗で、鮮やかで、強かった。
この数日で見たどの夕日よりも私の中に入ってきた。
「あの山を越えていこう、どこまでも。日本に戻っても、社会人になっても。」と。
沈んでゆく夕日を見て、そしてまた涙が溢れた。
私は何に向かって走っていたのだろう?
モンゴルの大草原で馬とひとつになって考えた
これは私の体を運んでいく旅じゃない
心を運んでいく旅なんだ
ものすごい勢いで駆け抜けている時、私と馬は一つになって風をきった。
風は音だけでなく恐怖心も与えてきた。
けれど、もっと上手くなりたい、もっと早く走りたい。
自分じゃないくらい大胆になれた。
船と列車とバスに揺られて4日間、モンゴルの大草原に着いた。
生まれて初めて“本当の草原”を肌で感じた。
お昼の後、主宰者の張さんの乗馬講座が始まった
皆静かに、真剣に聞いていた。
今までのガイドと違って、張さんの優しい声の中に、厳しさを感じた。
少し心配になった。
(キャラバン初日)
馬が集まってきた。
目の前の馬達を見ても、これからの五日間を現実としてなかなか受け入れられなかった。
初乗りは大胆に走りたい人とそうでない人と分けられて、皆一頭ずつ馬を割り当てられた。
いざ乗ろうとすると、慌てた。
教えてくれたことを忘れそうだった。
馬は勝手に動き始めた。
最初から楽しんでいる子がいればキャーキャーと声を出す女の子もいた。
お尻を鞍にぶつけて痛くなったけど、馬の揺れはとても気持ちよくなっていた。
60頭が一団になって歩くなんて、想像もできなかったけど、実際その一員になるとそれは確かに現実だった。馬の背の上で見た夕日はとてもまぶしかった。
夜になるとキャンプファイヤが始まった
みんなで火を囲んでホーミンや馬頭琴の音に聞き入った。
夜空に広がる数え切れない星たちの下で、初日の夜は更けていった。
(キャラバン二日目)
草原の朝は早い。
けれど、太陽が昇ってくると夜の寒さと一転して温かくなってくる。
晴れ渡る空と温かい風で始まる一日。
出発前、張さんからキャラバンの目的と目標を告げられた。
前日と違ってこの日は本当の遊牧民の住む大草原へ進んだ。
また見たことのない目的地へ、馬は進みだした。
草原は果てしなく広がっていく、幾つもの山を越えてまた続く。
二日目なのに、駆け足で進んだ。馬の上にいると、わずか一メートル高くなるだけで、
なぜか見える景色はまったく違う。世界が今まで見てきた何倍にも感じた。
丘の上で昼休憩を取る。スイカなどの果物が用意されていた。
スイカは今まで食べた中で一番甘くて、おいしかった。
近くの丘の上にあった、祭壇のようなものへ行った。
それは、オボーというもので、天の神様を祭るための場所らしい。
オボーからすべての方向を見渡せる。
どの方向も地の果てまで見えた。
緑のグラデーションが見えた。
草原の起伏が見えた。
初めて草原に道があることに気付いた。
その道をただひたすら走り続け、その日の宿泊地にたどり着いた。
自分の目で遊牧民の生活を見てみるとそれは楽しいようで厳しいものだった。(ゲルのシーンも)
張さんから遊牧生活の現状を聞いた。
そして、私も遊牧民の人達も同じ地球に住んでいることを改めて知った。
本物のゲルはとても床が固い。
けれど、大地に横になって寝るのは贅沢なのかもしれないと思った。
モンゴルの大地に響く馬のいななきも聞きながら眠りについた。
(キャラバン三日目)
朝はいつも温かく、時間がゆっくりと流れる。
この日走る道は古代シルクロードの北のルートだった。
遠くを眺めても何もないこの大地に、古代から人々が行き来していたことを思うと自然と
胸が高鳴った。
草原は波を打ってどこまでも続く。
思い切って風のように走る。
風が向かってくるのではなく、風に向かって走る感覚を感じ始めていた。
午後の道はそれまでと違い、一面の畑の中を通った。
道は細く馬を操って道を通りぬけてゆく。
幾つもの街が見えた。見慣れない遺跡のような街。
しかし、人はそこに住んでいた。
街を通り抜けると又草原。遠く見える馬の群れを目指すように全員が駆け足で進んだ。
三日目になるとひざもお尻も痛みを感じなくなっていた。
宿営地に着いたのが早かったので付近で発見された無名の壁画を見に行くことになった。
何千年も前の壁画が荒野の中に点在していた。
絵は動物をモチーフにしたものが多く、原始的だが生き生きとしていた。
壁画のところで夜を待つ。
ただそれだけのために皆が、岩の上・草の上に寝転がった。
地平線から昇ってきた月は見たことのない色で鳥肌がたった。
「美しい」って「綺麗」って何なのだろう?
闇に浮かぶ月の下で私の世界は少しずつ、けれど確実に広がっていった。
(キャラバン四日目)
穏やかな朝日の中で動き出すものもいれば、そこで動きを止めてしまうものもいる。
朝の羊の解体は私たちが普段忘れている「食べる」ということを肌で感じさせてくれた。
キャラバン隊は出発した。今日はひたすら広い草原を進む。
最初の頃とは違い、景色を楽しむ余裕があった。
もう、馬は知らない動物じゃなく、私をここまで運んでくれたパートナーだった。
張さんの合図で皆丘の上を目指して駆け出した。
先頭の馬たちに追いつこうと必死に走る。
流れる風景はとても早いのに、なぜかはっきりと見えた。
頂上で馬が止まった時、みんな顔を見合わせて笑った。
嬉しくて、目はきらきらさせて心の底から笑った。
心が旅をしている。
馬に乗って、遠くの山を目指して移動した。体は本当に疲れたし、帰りたいとも思った。
けど、どんなに疲れていても次の山を越えたかったしまだまだいける気持ちでいた。
瞳に映るすべての景色が心にとけこんでいく。
不思議なことに、時間はゆっくりだけど着実に進んで、キャラバンは私たちをゲルに運んでくれる)
馬から下りると何故か泣いてしまった。
明日一日しかないと思うと、思わず涙が止まらなかった。
一人、丘を登って夕日を見た。
綺麗で、鮮やかで、強かった。
この数日で見たどの夕日よりも私の中に入ってきた。
「あの山を越えていこう、どこまでも。日本に戻っても、社会人になっても。」と。
沈んでゆく夕日を見て、そしてまた涙が溢れた。
「その一瞬の幸福を喜びあえたら永遠 by岡本 太郎」
大人になって。いや年を重ねてから、今日の事を思い出す日。この一瞬の幸せを喜びあえる“仲間”がいるってすごく幸せなことですね。だから…一緒に頑張りませんか。世界は君の前にある。
…わぁぉ。えんぴつで描いた一本の横線が地平線に見える〜〜!!
うん。何から伝えたらいいのやら。でもどうしても伝えたい。
語りつくせん想いが、今心の中にぐーるぐるしてて何が何やかわかりません。
ふわっと空を飛ぶ。皆と走りぬけたからこそ湧き上がってくる想い。
人馬一体のspirits…。これから少しずつ紐解いてみようかな。コホン。
何でも見たい、知りたい、やってみたーいを抑えれへん性格のせいで今まで色んな事に首つっこんで来ました。知りま笑!やってみま笑!!これがあたいの原動力☆アホでよし。
いろんな言葉や音楽が浮かんだよ。「モンゴル乗馬熱」という新種の病にかかったョ笑。
バスのエンジン音が馬の蹄の音に聴こえるのよ。その“お熱”を日本中に蔓延させることが、どうもうちらの使命みたい。誇りになるみたい!まだ見ぬ明日にドキワクする☆
育った環境が違っても性格や人種が違っても通じる“何か”を感じる。
奔流は、そんな形にならずに見過ごしてしまいがちな、でも一番大切にしたい想いをハッキリと体感させてくれる旅だった。そんな想いをひとつ持って。
今新しい出逢いを求めて船出するんだね。すごく嬉しいです。
「青春をいつ始めるか」って言葉をどっかで聞きました。青春なんていうとなんか恥ずかしいけど、そこをあ・え・てビシバシ進もうよ☆張さんみたいに!!
あなたが私の。私があなたの鏡となって。
嬉しい、楽しい時間が共有できたこと…
☆ありがとう☆
大人になって。いや年を重ねてから、今日の事を思い出す日。この一瞬の幸せを喜びあえる“仲間”がいるってすごく幸せなことですね。だから…一緒に頑張りませんか。世界は君の前にある。
…わぁぉ。えんぴつで描いた一本の横線が地平線に見える〜〜!!
うん。何から伝えたらいいのやら。でもどうしても伝えたい。
語りつくせん想いが、今心の中にぐーるぐるしてて何が何やかわかりません。
ふわっと空を飛ぶ。皆と走りぬけたからこそ湧き上がってくる想い。
人馬一体のspirits…。これから少しずつ紐解いてみようかな。コホン。
何でも見たい、知りたい、やってみたーいを抑えれへん性格のせいで今まで色んな事に首つっこんで来ました。知りま笑!やってみま笑!!これがあたいの原動力☆アホでよし。
いろんな言葉や音楽が浮かんだよ。「モンゴル乗馬熱」という新種の病にかかったョ笑。
バスのエンジン音が馬の蹄の音に聴こえるのよ。その“お熱”を日本中に蔓延させることが、どうもうちらの使命みたい。誇りになるみたい!まだ見ぬ明日にドキワクする☆
育った環境が違っても性格や人種が違っても通じる“何か”を感じる。
奔流は、そんな形にならずに見過ごしてしまいがちな、でも一番大切にしたい想いをハッキリと体感させてくれる旅だった。そんな想いをひとつ持って。
今新しい出逢いを求めて船出するんだね。すごく嬉しいです。
「青春をいつ始めるか」って言葉をどっかで聞きました。青春なんていうとなんか恥ずかしいけど、そこをあ・え・てビシバシ進もうよ☆張さんみたいに!!
あなたが私の。私があなたの鏡となって。
嬉しい、楽しい時間が共有できたこと…
☆ありがとう☆
馬に乗るのは正直、体力的にかなり辛かった。一番長く馬にのったあの日、自然と座り込んでしまうくらい疲れていたのに、その疲労 感が嬉しくて、砂で真っ黒になった顔を見合わせて、みんなで笑った。
満天の星空を見て感謝し、どこまでも続く大草原の雄大さに驚嘆する。 歌って、踊って、食べて寝て…
そんな単純すぎる生活を続けるうちに、余計な感情が取り払われて素直な気持ちになれた。言葉は通じないけれど、遊牧民のみんなとは家族のように濃い付き合いができたと思う。そして、これが本来あるべき人間関係なんだろうなと思った。
日本は物があふれすぎていて、人間本来の感情さえもが、それに押しつぶされてしまう。効率の良さや利益が一番に求められ、形だけの法律の下に「自由」に私たちは日々暮らしている。
そこにあるものは無秩序、無感動、無関心。私たちに心の余裕を与えない。モンゴルには本当の自由があった。それは名ばかりの自由ではなく、厳しい自然の下に成り立っている本当の自由だ。
大自然の中に生かされている自分を肌で感じ、湧き起こってくる感情を素直に表現する。この素直な気持ちをこれからも忘れないでいきたい。この先道に迷いそうなことがあったら、モンゴルの人々のあたたかい笑顔を思い出そう。
満天の星空を見て感謝し、どこまでも続く大草原の雄大さに驚嘆する。 歌って、踊って、食べて寝て…
そんな単純すぎる生活を続けるうちに、余計な感情が取り払われて素直な気持ちになれた。言葉は通じないけれど、遊牧民のみんなとは家族のように濃い付き合いができたと思う。そして、これが本来あるべき人間関係なんだろうなと思った。
日本は物があふれすぎていて、人間本来の感情さえもが、それに押しつぶされてしまう。効率の良さや利益が一番に求められ、形だけの法律の下に「自由」に私たちは日々暮らしている。
そこにあるものは無秩序、無感動、無関心。私たちに心の余裕を与えない。モンゴルには本当の自由があった。それは名ばかりの自由ではなく、厳しい自然の下に成り立っている本当の自由だ。
大自然の中に生かされている自分を肌で感じ、湧き起こってくる感情を素直に表現する。この素直な気持ちをこれからも忘れないでいきたい。この先道に迷いそうなことがあったら、モンゴルの人々のあたたかい笑顔を思い出そう。
この入り組んだ社会で生きていれば自分がどこにいるかわからなくなって、
次に踏み出す一歩に自信がもてない時がたくさんある。
時には自分が一人ぼっちみたいに感じたり、意味の無い人間だと感じることだってある。
けれど、人はそんな時に“昔のイメージ”を思い出す。
きっとそれは“心の原風 景”で、光になって自分の足元を照らしてくれる。
奔流の旅で、私たちは自分を照らしてくれる光を見つけた。
自分の原風景を気づかせてくれる旅だと思う。
どんな複雑な問題に悩んでいるときも、どれほど急いでいたとしてもそれを常に感じていて、
その一歩は確実に未来へ続く一歩になる。
すべて歴史であり、自分たちもその後を続くキャラバンの一人なのだ!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
PS.私は現風景という言葉を使ったのは、以前雑誌で見たこのインタービューの対談を思い出して、どうして奔流の旅はこんなに気持ちよかったのかって考える時に、奔流中国の旅はまさに、この原風景を気づかせてくれたと思いました。
以下はそのインタービューの内容:
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・加藤 種男さん(財団法人アサヒビール芸術文化財団事務局長・日本NPO学会理事)
Q:加藤さんはお仕事柄日本の若手作家の作品だけでなく海外の若手作家の作品もよく見ると思うのですが違いを感じることがありますか?また、あるとすればそれはどのような点に感じるのでしょうか?
A:一言で言ってしまえば作品に潜む社会性の有無じゃないかな。日本の若手作家の作品のレベルは決して低くなく、技術だけなら十分世界に通用できるレベルにある。しかし、ほとんどの日本の若手作家の作品は作品の主題が各個人の悩みの追求になっている。ある意味、一種のナルシズムだ。それに対し、海外の若手作家の作品も確かに自分の存在に悩む点は一緒だがその悩み方が自分と社会の関連性について悩むという点で違う。自分は社会にとってなんであるか?また、どのように存在することで社会に貢献できるかについて悩む。そのため、必然的に作品にも自分と社会との関連性について感じるものが出てくる。日本のものは各個人のモラトリアムのはけ口として作家が創作活動をしている面もある。だから、社会性を感じない作品が非常に多い。習い事がうまくなって、褒められて、そのうまい子がそのまま作品を作って芸術家気取りをしている面もあるしね。中にはすごい作品を作る子も当然いるけど。
Q:どうして日本の若手作家の作品はそのような状態になってしまうのでしょうか?
A:簡単に言ってしまえば比較対象がないから何について悩んでいるかわからないんじゃないかな。それで作品が自分の存在を永遠と悩むものばかりになっているんだと思う。比較対象っていうのは、私は田舎の山の中で少年時代を過ごしたんだけどそのおかげで何かについて考えるとき、何かを比較しようとする時は常に「原風景」としてその山々のイメージが浮かび上がってくる。それが何であるのか、各個人それぞれにあると思うし、そのイメージ(原風景)がない人もいるかもしれない。また、田舎や自然だけがすばらしく都会のイメージはよくないというわけではない。ただ、ふとしたときに思い出して比較できる何か、「原風景」を持っているかいないかの違いは非常に大きいと思う。精確に表現することはできないけれど、各個人がひとつはそういうものを持っている必要があると思う。これはアートだけでなく、大学生活や普段の生活においても同じだと思う。
次に踏み出す一歩に自信がもてない時がたくさんある。
時には自分が一人ぼっちみたいに感じたり、意味の無い人間だと感じることだってある。
けれど、人はそんな時に“昔のイメージ”を思い出す。
きっとそれは“心の原風 景”で、光になって自分の足元を照らしてくれる。
奔流の旅で、私たちは自分を照らしてくれる光を見つけた。
自分の原風景を気づかせてくれる旅だと思う。
どんな複雑な問題に悩んでいるときも、どれほど急いでいたとしてもそれを常に感じていて、
その一歩は確実に未来へ続く一歩になる。
すべて歴史であり、自分たちもその後を続くキャラバンの一人なのだ!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
PS.私は現風景という言葉を使ったのは、以前雑誌で見たこのインタービューの対談を思い出して、どうして奔流の旅はこんなに気持ちよかったのかって考える時に、奔流中国の旅はまさに、この原風景を気づかせてくれたと思いました。
以下はそのインタービューの内容:
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・加藤 種男さん(財団法人アサヒビール芸術文化財団事務局長・日本NPO学会理事)
Q:加藤さんはお仕事柄日本の若手作家の作品だけでなく海外の若手作家の作品もよく見ると思うのですが違いを感じることがありますか?また、あるとすればそれはどのような点に感じるのでしょうか?
A:一言で言ってしまえば作品に潜む社会性の有無じゃないかな。日本の若手作家の作品のレベルは決して低くなく、技術だけなら十分世界に通用できるレベルにある。しかし、ほとんどの日本の若手作家の作品は作品の主題が各個人の悩みの追求になっている。ある意味、一種のナルシズムだ。それに対し、海外の若手作家の作品も確かに自分の存在に悩む点は一緒だがその悩み方が自分と社会の関連性について悩むという点で違う。自分は社会にとってなんであるか?また、どのように存在することで社会に貢献できるかについて悩む。そのため、必然的に作品にも自分と社会との関連性について感じるものが出てくる。日本のものは各個人のモラトリアムのはけ口として作家が創作活動をしている面もある。だから、社会性を感じない作品が非常に多い。習い事がうまくなって、褒められて、そのうまい子がそのまま作品を作って芸術家気取りをしている面もあるしね。中にはすごい作品を作る子も当然いるけど。
Q:どうして日本の若手作家の作品はそのような状態になってしまうのでしょうか?
A:簡単に言ってしまえば比較対象がないから何について悩んでいるかわからないんじゃないかな。それで作品が自分の存在を永遠と悩むものばかりになっているんだと思う。比較対象っていうのは、私は田舎の山の中で少年時代を過ごしたんだけどそのおかげで何かについて考えるとき、何かを比較しようとする時は常に「原風景」としてその山々のイメージが浮かび上がってくる。それが何であるのか、各個人それぞれにあると思うし、そのイメージ(原風景)がない人もいるかもしれない。また、田舎や自然だけがすばらしく都会のイメージはよくないというわけではない。ただ、ふとしたときに思い出して比較できる何か、「原風景」を持っているかいないかの違いは非常に大きいと思う。精確に表現することはできないけれど、各個人がひとつはそういうものを持っている必要があると思う。これはアートだけでなく、大学生活や普段の生活においても同じだと思う。
『流星群』は奔流中国で馬に乗った体験から生まれた作品です。
馬に乗って感じた、馬と一体となるリズムの心地よさ、風になる喜び、どこまでも駆けて行けると思えるような勇気…という感動を絵にしたいと思いました。
どうしたら馬の素晴らしさを表現出来るかと考えた時、シルクロードを旅した折、張さんから聞いた『燕を踏む銅奔馬』のエピソードを思い出し、馬と内モンゴルやシルクロードで見た星空のイメージを重ねて描きました。
『流星群』の馬たちは、一見すると全部で六頭描かれているように見えますが、馬脚の重なりや馬の頭の位置を工夫してあり、複数であって複数ではない一つの『群れ』を表現しています。
馬たちと星のイメージを重ねてあるので、「流星群」というタイトルになりました。
馬に乗って感じた、馬と一体となるリズムの心地よさ、風になる喜び、どこまでも駆けて行けると思えるような勇気…という感動を絵にしたいと思いました。
どうしたら馬の素晴らしさを表現出来るかと考えた時、シルクロードを旅した折、張さんから聞いた『燕を踏む銅奔馬』のエピソードを思い出し、馬と内モンゴルやシルクロードで見た星空のイメージを重ねて描きました。
『流星群』の馬たちは、一見すると全部で六頭描かれているように見えますが、馬脚の重なりや馬の頭の位置を工夫してあり、複数であって複数ではない一つの『群れ』を表現しています。
馬たちと星のイメージを重ねてあるので、「流星群」というタイトルになりました。
塩田 友 (NTTドコモ 05年蒼々シルクロード、07年モンゴル乗馬キャラバン参加)
―「社会に出てふと草原から振り返ってみると、 実はたくさん逃げ道やごまかしながら生きていたことに気づく。」
本当に壮絶な9日間のキャラバン生活だった。馬と空と大地と遊牧民、そしてともに旅をした仲間たち。2年ぶりに馬に乗って草原を旅した。
学生だった自分と社会人になった今の自分を重ねながら旅をした。キャラバン生活は、常に真剣勝負の連続。手綱を握りしめながら馬との葛藤。自然の厳しさを全身で受け止る。 逃げ場のない毎日。社会に出てふと草原から振り返ってみると、 難しいけれど、実はたくさん逃げ道やごまかしながら生きていたことに気づく。
キャラバン当初2年前のように馬を思い通りに乗りこなせないことに、こんなはずじゃなかったと自身と馬との衝突の毎日。情熱をいつの間にか失っていた自分に気づかされた。馬には見抜かれていた。いつの間にか馬に立ち向かうだけ情熱を失っていた自分を。ごまかしながら生きていた自分を。日本に帰ってもっと目の前のものに立ち向かわなくてはいけないこと、真剣勝負から得る大切さを感じた。草原は非常にシンプル。本当に大切なものしか存在しない。
加藤 渓一(建築事務所 07年モンゴル乗馬キャラバン参加)
―「クレイジーな男になりたい」
クレイジーになりたい。
この旅は何もかもすべてのことが、クレイジーだった。
馬で4日間で120kmも、必死になって走りきること。
360°何もない水平線。空の大きさ、色。すべてが大きすぎて、美しすぎる大草原。
現地の人のたくましさ、陽気さ、やさしさ。
ここでは五感で感じるすべてのことが、クレイジー。
このクレイジーさは、すべてが、効率よく、便利でありすぎる日本では決して感じれない。
人間の限りなく単純で純粋な感覚と欲求を得ることができた。
疲れはてた時の、水や、スイカ、ご飯のおいしさ。
寝ることの豊かさ。走り終わったあとの達成感。
仲間や現地の人と笑うことの楽しさ。
すべてが当たり前の感情ばかりだけど、1つ1つが今まで感じたことのない新しいものだと思った。
当たり前であるけれど、今の日本では決して味わえない感動。
この旅のクレイジーさは、忘れていた人間の大切な思いを、ひき出してくれた気がした。
そんな人にとって大切な、感覚や欲求や思いをあたえられるようなクレイジーな男になりたい。
それが、この旅で得たたった1つの思い。
この思いを共に共有できた、クレイジーな仲間たちにも感謝したい。
ピース。
中島 秀雄 (シルバーUniversity 05年モンゴル乗馬キャラバン参加)
―「馬の上にいると、わずか一メートル高くなるだけで、
なぜか見える景色はまったく違う。世界が今まで見てきた何倍にも感じた。」
乗馬や、草原でのゲル生活は思っている程楽ではない。乗馬は最初の内、脚や尻が痛くなり、ゲル生活はもとより文明の恩恵が受けられない。しかし、その苦労を乗りこえ、鼓舞するのは、ゆるやかな起伏を伴い、果てしなく続く大草原、動くものはほぼ50騎余の我々の騎馬隊のみ。草原に影を落とし、時に歩き、時に疾走する、この快感は筆舌に尽くしがたい。私は、いつのまにか頭が空っぽになり、天と地、草原を吹きぬける風と全身で対話していたように思う。帰国後仲間に言われた、「どこか変わったね!」と、自分ほど開放的な人間はいないと思っていたが、それでもどこかに垣根があったらしく、それがとれたということらしい。
奔流中国の企画は、別の世界があることを身をもって気付かせ、そして異文化に入るには、当然チャレンジ精神が要求され、それを持つことの大切さを教えてくれたと思う。そして副産物と言うにはあまりにも大きな、新たな人の輪を作ったようだ。それが証拠に第三陣のメンバー内でいまだにメールが飛び交い、薄らぐどころかますます絆を強めつつある。私はどこに向かって走っていたのだろう?
徳永 (大手IT企業 07年グレートキャラバン参加)
―「僕たちは歴史そのものを走っていたのだと強烈に思います。」
僕が人生の中で、最初に抱いた西域の景色はどんなものかと問われれば、漢詩にある“馬西來欲到天、辭家見月兩囘圓。今夜不知何處宿、平沙萬里絶人煙”(直訳:馬を走らせて西へ來り 天に到らんと欲す家を辞してより月の両回円かなるを見る。今夜は知らず何れの処にか宿せん、平沙 万里 人煙絶す)を挙げます。Great Caravanでは、月の二巡りには至らなかったけれど、三日月が満月にまで至れるほどの果てしない道を、馬で走った。その日の宿泊地がどこなのか全く知らないまま、ただ西に向けて走り続けた。今、どこにいるのか。地平の彼方まで広がる大地の上に、人家など全く見えなかった。まさに、漢詩の世界を僕たちは走ったのだと感じます。唐の詩人が征った世界を走る。
僕たちは歴史そのものを走っていたのだと強烈に思います。オロンスムでは、数百年前の、幾万の人々が行き交った跡を見ることができました。ですが、そこまでの道程、道ばたのただの石くれにも、数百年前の人々の息吹と痕跡を感じることができたと僕は思っています。全てが歴史であり、自分たちもその後を続くキャラバンの一人なのだということですね。天に至るのではないかと思えるほど馬を走らせた古代の人々に、ほんの僅かでも近づくことができたのではないか。そう思える旅ができたことを、本当に誇りに思います。
高橋 靖 (外資系大手メーカー 05年蒼々シルクロード、06年モンゴル乗馬キャラバン、07年グレートキャラバン参加)
―「現地民たちの馬への愛情と厳しさ包まれながら砂にまみれ、風を切り、大地を駆け、世界の広さを知るにつれて、乗るというよりは、一つになる、共に駆けるという感覚のが正しいと思える。」
これで、3年目になる乗馬。乗馬に関しての思いいれはとてつもなく変わった。
初めての時はただただ“乗る”ということに集中していた。2年目には、少しでも“乗りこなす”ことに集中した。しかし2年目では、馬に暴れられてしまったり、蹴られてとてつもない痛い思いをし、馬という生きものの優しさと気高さにひそむ、恐怖を初めて知った。
そして3年目は、初めからその恐怖心のために緊張してしまい、馬に対する余裕と思いやりを見失ってしまった。しかし徐々に馬という精神的開放に生きることの悦びと、世界のすばらしさを感じた。
初めて落馬したが、そこには全く苦痛はなく、むしろ気持ちがよかった。落馬自体がとても危険なものであることも知っているし、落馬するのは自分の不注意であることもわかっている。
落とされてもすぐ笑顔で、すぐ馬にまたがりたかった。何となく、馬に申し訳ないような気がした。
3度の乗馬で馬と一体になるということを心から実感できるようになった。
馬は“乗る”もので“乗りこなす”ものであるかも知れない。しかし、現地民たちの馬への愛情と厳しさ包まれながら砂にまみれ、風を切り、大地を駆け、世界の広さを知るにつれて、乗るというよりは、一つになる、共に駆けるという感覚のが正しいと思える。
奔流の旅で、最も心に残ることばは、日本人は他人に何かをやってもらうことをあたりまえだと思いすぎているという言葉。モンゴル民族は、何かのためや、自分のためという狭い生き方をしていない。彼らはこの世界と共に生きているし、世界や自然がどんなものなのかを知るために生きている。日本人のように自分たちのつくったシステムのなかだけで、自分のことばかり考えて毎日を過ごしている人間にはない気高さがある。
私はその精神力を、少なからず、吸収できたのではないかと感じている。
すると不思議と自分にも何かができるのではないか、何かしなければいけないのではないかという感情が昂ぶってくる。私は奔流スピリットを胸に短い人生を駆け続けたい。
―「社会に出てふと草原から振り返ってみると、 実はたくさん逃げ道やごまかしながら生きていたことに気づく。」
本当に壮絶な9日間のキャラバン生活だった。馬と空と大地と遊牧民、そしてともに旅をした仲間たち。2年ぶりに馬に乗って草原を旅した。
学生だった自分と社会人になった今の自分を重ねながら旅をした。キャラバン生活は、常に真剣勝負の連続。手綱を握りしめながら馬との葛藤。自然の厳しさを全身で受け止る。 逃げ場のない毎日。社会に出てふと草原から振り返ってみると、 難しいけれど、実はたくさん逃げ道やごまかしながら生きていたことに気づく。
キャラバン当初2年前のように馬を思い通りに乗りこなせないことに、こんなはずじゃなかったと自身と馬との衝突の毎日。情熱をいつの間にか失っていた自分に気づかされた。馬には見抜かれていた。いつの間にか馬に立ち向かうだけ情熱を失っていた自分を。ごまかしながら生きていた自分を。日本に帰ってもっと目の前のものに立ち向かわなくてはいけないこと、真剣勝負から得る大切さを感じた。草原は非常にシンプル。本当に大切なものしか存在しない。
加藤 渓一(建築事務所 07年モンゴル乗馬キャラバン参加)
―「クレイジーな男になりたい」
クレイジーになりたい。
この旅は何もかもすべてのことが、クレイジーだった。
馬で4日間で120kmも、必死になって走りきること。
360°何もない水平線。空の大きさ、色。すべてが大きすぎて、美しすぎる大草原。
現地の人のたくましさ、陽気さ、やさしさ。
ここでは五感で感じるすべてのことが、クレイジー。
このクレイジーさは、すべてが、効率よく、便利でありすぎる日本では決して感じれない。
人間の限りなく単純で純粋な感覚と欲求を得ることができた。
疲れはてた時の、水や、スイカ、ご飯のおいしさ。
寝ることの豊かさ。走り終わったあとの達成感。
仲間や現地の人と笑うことの楽しさ。
すべてが当たり前の感情ばかりだけど、1つ1つが今まで感じたことのない新しいものだと思った。
当たり前であるけれど、今の日本では決して味わえない感動。
この旅のクレイジーさは、忘れていた人間の大切な思いを、ひき出してくれた気がした。
そんな人にとって大切な、感覚や欲求や思いをあたえられるようなクレイジーな男になりたい。
それが、この旅で得たたった1つの思い。
この思いを共に共有できた、クレイジーな仲間たちにも感謝したい。
ピース。
中島 秀雄 (シルバーUniversity 05年モンゴル乗馬キャラバン参加)
―「馬の上にいると、わずか一メートル高くなるだけで、
なぜか見える景色はまったく違う。世界が今まで見てきた何倍にも感じた。」
乗馬や、草原でのゲル生活は思っている程楽ではない。乗馬は最初の内、脚や尻が痛くなり、ゲル生活はもとより文明の恩恵が受けられない。しかし、その苦労を乗りこえ、鼓舞するのは、ゆるやかな起伏を伴い、果てしなく続く大草原、動くものはほぼ50騎余の我々の騎馬隊のみ。草原に影を落とし、時に歩き、時に疾走する、この快感は筆舌に尽くしがたい。私は、いつのまにか頭が空っぽになり、天と地、草原を吹きぬける風と全身で対話していたように思う。帰国後仲間に言われた、「どこか変わったね!」と、自分ほど開放的な人間はいないと思っていたが、それでもどこかに垣根があったらしく、それがとれたということらしい。
奔流中国の企画は、別の世界があることを身をもって気付かせ、そして異文化に入るには、当然チャレンジ精神が要求され、それを持つことの大切さを教えてくれたと思う。そして副産物と言うにはあまりにも大きな、新たな人の輪を作ったようだ。それが証拠に第三陣のメンバー内でいまだにメールが飛び交い、薄らぐどころかますます絆を強めつつある。私はどこに向かって走っていたのだろう?
徳永 (大手IT企業 07年グレートキャラバン参加)
―「僕たちは歴史そのものを走っていたのだと強烈に思います。」
僕が人生の中で、最初に抱いた西域の景色はどんなものかと問われれば、漢詩にある“馬西來欲到天、辭家見月兩囘圓。今夜不知何處宿、平沙萬里絶人煙”(直訳:馬を走らせて西へ來り 天に到らんと欲す家を辞してより月の両回円かなるを見る。今夜は知らず何れの処にか宿せん、平沙 万里 人煙絶す)を挙げます。Great Caravanでは、月の二巡りには至らなかったけれど、三日月が満月にまで至れるほどの果てしない道を、馬で走った。その日の宿泊地がどこなのか全く知らないまま、ただ西に向けて走り続けた。今、どこにいるのか。地平の彼方まで広がる大地の上に、人家など全く見えなかった。まさに、漢詩の世界を僕たちは走ったのだと感じます。唐の詩人が征った世界を走る。
僕たちは歴史そのものを走っていたのだと強烈に思います。オロンスムでは、数百年前の、幾万の人々が行き交った跡を見ることができました。ですが、そこまでの道程、道ばたのただの石くれにも、数百年前の人々の息吹と痕跡を感じることができたと僕は思っています。全てが歴史であり、自分たちもその後を続くキャラバンの一人なのだということですね。天に至るのではないかと思えるほど馬を走らせた古代の人々に、ほんの僅かでも近づくことができたのではないか。そう思える旅ができたことを、本当に誇りに思います。
高橋 靖 (外資系大手メーカー 05年蒼々シルクロード、06年モンゴル乗馬キャラバン、07年グレートキャラバン参加)
―「現地民たちの馬への愛情と厳しさ包まれながら砂にまみれ、風を切り、大地を駆け、世界の広さを知るにつれて、乗るというよりは、一つになる、共に駆けるという感覚のが正しいと思える。」
これで、3年目になる乗馬。乗馬に関しての思いいれはとてつもなく変わった。
初めての時はただただ“乗る”ということに集中していた。2年目には、少しでも“乗りこなす”ことに集中した。しかし2年目では、馬に暴れられてしまったり、蹴られてとてつもない痛い思いをし、馬という生きものの優しさと気高さにひそむ、恐怖を初めて知った。
そして3年目は、初めからその恐怖心のために緊張してしまい、馬に対する余裕と思いやりを見失ってしまった。しかし徐々に馬という精神的開放に生きることの悦びと、世界のすばらしさを感じた。
初めて落馬したが、そこには全く苦痛はなく、むしろ気持ちがよかった。落馬自体がとても危険なものであることも知っているし、落馬するのは自分の不注意であることもわかっている。
落とされてもすぐ笑顔で、すぐ馬にまたがりたかった。何となく、馬に申し訳ないような気がした。
3度の乗馬で馬と一体になるということを心から実感できるようになった。
馬は“乗る”もので“乗りこなす”ものであるかも知れない。しかし、現地民たちの馬への愛情と厳しさ包まれながら砂にまみれ、風を切り、大地を駆け、世界の広さを知るにつれて、乗るというよりは、一つになる、共に駆けるという感覚のが正しいと思える。
奔流の旅で、最も心に残ることばは、日本人は他人に何かをやってもらうことをあたりまえだと思いすぎているという言葉。モンゴル民族は、何かのためや、自分のためという狭い生き方をしていない。彼らはこの世界と共に生きているし、世界や自然がどんなものなのかを知るために生きている。日本人のように自分たちのつくったシステムのなかだけで、自分のことばかり考えて毎日を過ごしている人間にはない気高さがある。
私はその精神力を、少なからず、吸収できたのではないかと感じている。
すると不思議と自分にも何かができるのではないか、何かしなければいけないのではないかという感情が昂ぶってくる。私は奔流スピリットを胸に短い人生を駆け続けたい。
























