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2006年05月30日

京劇とは

歌(唱)、せりふ(念)、しぐさ(作)、立ちまわり(打)の四つの要素が一体化された総合舞台芸術、京劇。鮮やかな衣装と、厳しい修業に裏打ちされた、役者たちの奥深い芸に、日本でも魅了されるファンが増えている。京劇のプログラムはドラマ性が高く、そのほとんどは、[覇王別姫]のような壮大な歴史の物語より由来している。

最近日本で上演される「楊門女将―楊家の女将軍たち―」も京劇の経典プログラムのひとつです。

時は北宋時代。武門の名家・楊家は、三代にわたり、遼(キタン族)、西夏など周辺諸国の侵略から辺境を守っていた。そこに暮らす女性たちもまた、武芸にたけている。度重なる出征で男たちの多くは戦場で命を落とし、やがて辺境での戦闘で当主も殉死、女性たちが立ち上がるときが来た―。華やかな鎧に身を包む女将軍たちの生き様を、圧倒的な迫力でつづる壮大な歴史ロマン活劇。そこから、中国社会の美意識と女性の社会的地位など垣間見ることもできる。

奔流の旅の間に、京劇を見る機会がもあるので、ぜひご鑑賞をお楽しみ下さい。

投稿者 wataridori : 00:16 | コメント (0)

2006年05月29日

シルクロードの旅と国際交流の真意

シルクロードを旅している時、大地のでっかさに、途方もない感覚は度々あった。

あの風景の中をただ一人、経典を求めて旅をしたらどうだったのか。東西の品を載せてキャラバン隊でタクラマカンを横断しようとしたら、どうだったのか。

それを凌駕するだけの使命感と情熱、野望がないと到底踏破できるはずのない道のりだったろうと思います。

それを成し遂げて見せた古人の精神力の強さと執着をあらためて感じました。

結果的にシルクロードは東西の文化と経済をつなぐ道となり、その主役は命をかけても敢えて往来する古代の‘旅人’。裏返して、命かけるまで成し遂げようとする決心がなければ、到底歴史に足跡を残すことができないだろう。

進路に悩み、形だけのボランティア活動に飛びつく大学生が増えてきている。意欲は賛同できるとしても、やはり大学の間にしっかりと取り込むべきものがあるはずだ。学習に苦労し、専門を深められるならば、自然に社会に貢献できるのではないかと、大学生の諸君に再度考えてほしい。

投稿者 wataridori : 23:46 | コメント (0)

2006年05月25日

中国という国

日本から、わずかな時間で中国の上海や北京に行くことが出来るようになった。
しかしそのイメージといえば、広大な中国の中の、わずかな部分であることに気付きます。

■ ■ ■

私自身のことから言うと、近年中国で旅をし、また映像撮影などに携わるまでは、
中国について故郷ハルピンや北京と上海のような大都市以外は、
なにも知らなかった、という気がする。
いろんな意味で、それは中国のほんの一部にすぎないだろう。

今日本で勉強している中国人留学生のほとんどは都市から来た人達で、彼らに
も同じことが言えないだろうか?
本来架け橋である人達が自分の国のことをほとんど理解していないのは、私に
とって苦痛でもあった。
おそらく今回この文章を書こうとするきっかけはそこにあると思う。


以前、中学校で講演したことがある。
日本の中学生に中国に対するイメージを尋ねたところ、
自転車で通勤する人群れや中華街のような街並みを答える生徒が多かった。
自転車の風景はもう懐かしい。
今では、北京やわずかの都市でしか見られない。

一言で中国を表現するには、それより難しいことはない。
敢えて言うなら「博大精深」という言葉を使いたい。
中国を考える時に、次のようなキーワードを思い浮かべて欲しい。
「多民族共存」、「民族と国家」、「東西の交流」、「古代思想」、「南北格差」、
「沿海部と内陸」、「東洋文明とは」、「社会主義の中国」、「女性の社会進出」
など。

日本に来ている留学生のほとんどは、漢民族の学生である。
漢民族の人は、漢民族を中心に考えがちで、中華文明は多民族で作り上げたものと
いう意味では、彼らは無知と言えなくもない。
たとえば、ある日本人は「中国にラーメンがあるか」と上海出身の人に尋ねたら、
「ラーメンはないよ、日本の方が本場だよ」と応える。
本来ラーメンは西のシルクロードの主食で、今でも、蘭州やトルファンの街では
手作りのラーメンは盛んである。


最近「ヒーロー」という映画がブームになったと聞く。
実際その映画のロケ地はほとんど中国人の知らない中国の内陸部で、
まして任侠の考え方も中国古代(2500も前の春秋戦国時代)から由来している。

衣装設計の担当デザイナーは日本の方だが、衣装そのものは中国古代の衣装を
イメージしたものである。
中国衣装と言ったら、世界中の人はチャイナードレスを思い浮かべるが、
それは実は満州族の衣装である。
漢民族の衣装は、ヒーローという映画の中の服に似ている。
その映画を見て、私は感動した。
「中国の古代の精神的な良きものをよくアピールしてくれた」と感銘を受けた。
監督の中国文明への理解もすばらしいものがある。


中国古代、北の遊牧民族との紛争は絶えなかったし、遊牧民族による統治も何があった。
かれらは中国を占領して、みずから中国と称するようになった。
そのためか、中国は今日まで続いてきた。
しかし、そういう意味で黄河より北では、純粋な漢民族は果たして何人いるだろう。
唐王朝の皇族でさえ、匈奴系の騎馬民族であったことを思えば、
それほど驚くことでもないようだ。


芸術文化で考える時に、西北はイスラム的な色どりがあり、西南では、
チベット文化の影響が濃い。
北は遊牧民族の文明が残っており、西安を中心とした中部では、
古代から伝わってきた漢民族文化が強い。

たとえば流行の歌を見れば、今の流行はほとんど香港・台湾のルーツだが、
それを中国のミュージックと思ったら、大きな間違いである。
中国の土地の匂いのする歌は、映画「紅高梁」の中の曲に近いものである。


経済を考えれば、近年上海の発展から目を離せない。
まるで上海は中国を代表しているように見える。
しかし、中国はあくまでも農業大国で、商業だけではない。中国のインフラ整備や環境問題や、
そして経済発展の問題点など沿海部だけでは知るすべもない。
こういった"中国の現実"を知らずには中国の政策の是非を語れるだろうか?

人そのものを見ても、地域や民族によって、大きく変わるだけでなく、性格も異なる。
北は大らかで心が広い分に、気性も激しい。
雲南や福建、そして四川省などは義理にかたい。
上海周辺は義理も正義感もない分、心が細かく、ビジネスに向いている。

奔流中国というスタディツアーの企画のプロデューサーとして長年務めてきたが、
その力の源は「中国の現実を知ってもらいたい」、「中国の素朴な人達に触れて欲しい」、
そして「中国のスケール(地理的なものと文化的なもの両方)を、
自分達の目で確かめて欲しい」といった思い他ならない。

将来中国でビジネスを始めたい、中国という舞台で競いたい、
日本の友人や知り合いがたくさんいる。
言葉やビジネスチャンスのあれこれが騒がれる中で、
「中国の現実を知ること」、「中国を好きになること」の方が、私はもっとも
大切ではないかと思う。

張 宇

投稿者 wataridori : 15:34 | コメント (0)