2005年12月23日
西部
西部とは何か。
―― ヒーローが自分の居場所を模索する、それが西部かもしれない。
投稿者 wataridori : 23:53 | コメント (0)
2005年12月21日
シルクロードから持ち帰ったもの
旅から次の日、旅行鞄をあけると、自分も驚いた。
莫高窟の切手、火焔山の登頂記念の石、砂漠の砂、
シルクの絨毯、ヤルチャンの帽子、
ウルムチバザールの高級羊皮の手袋、トルファンの干し葡萄、楼蘭のワイン、
それにローマからシルクロードへ伝わってきたと言われるポプラの葉・・・
ある日、旅は家に満ちていた。
ある日、家はギャラリーに変わった。
またある日、ギャラリーはバザールに変わった。
バザールにはまたメンバー達の思い出ばなしで溢れた。
旅は一体どこまでものを生み出すだろう。
シルクロードは果たしてどこまで広がるだろう。
一ヵ月後に。
玄関に、あるものに気づいた。
カザフ人の馬飼いのムチだった。
天山の大草原で馬を駆ける日々を思い浮かべた。
消えない夢は心に残った。
希望の轍が見えてきた。
張 宇 《永久のシルクロード、永遠の旅》より
投稿者 wataridori : 23:15 | コメント (0)
2005年12月20日
長江源流への道(その1)
敦煌から南下し、まっすぐ一本の道。当金山を越え、いよいよ崑崙山脈にいどむ矢先に、ゴルムドの街が現れた。ゴルムドは「青蔵公路」の始発点であり、2000年も前から人がそこに住み始めた。緑もなく、淡水のないこの街は昔、狩猟を生計にする人々がいた。街と言うより、集落に近い存在だったが、陸路でチベットに通じる唯一の道「青蔵公路」の玄関口なので、地理的に重要な位置にあった。今はチベットやシルクロード南路へ行くための中継点として注目されて、人もその周辺の省や県から集まってくる。20万の人口も控えるまあまあの規模の町に変わった。
要所ゆえに、敦煌から乗ってきた日野バスはその先にはいけない。ゴルムドのバスに乗り換える必要がある。三台三菱バスに乗ることになる。次ぎの朝、酸素瓶と水、そして果物などをバスに積み上げて、いよいよチベットに向かって出発。出発時刻は9次だが、運転手と現地ガイドの間になにかの争議が起きているようだ。運転手もガイドもゴルムドのガイドが入れ替わるので、一瞬パニックになる。そこで40分も出発時間を遅らせた。しかし、私はこの間に心配していることがあった。
その日、5000メートル標高以上の崑崙山口を越えることになる。高山病で苦しくなる人は6割と予測していた。それを越えてからは、ゴルムドへ戻ることとラサに向かうこととはさほど変わらなくなるため、高山病で辛くても戻りはできない。しかも高山病には特効薬はなく、軽い運動によって、順応を待つのみ。酸素を吸えばよくなるだろうが、逆に酸素依存症になるから、酸素瓶から離れなくなるらしい。
しかし、今の若い人は、強い意志と先を読み取る根性で物事を臨むことよりは、やさしい気持ちに神経がとられがち。高山病の軽い段階で、まわりの手当てや心配などが寄せられる事態が予測していた。手当てをしても、本人の症状は変わらないだけでなく、意志が弱くなり、また高山病を意識しすぎて、症状が重くなるだけ。私は見せ掛けの優しさより、崑崙越えと、旅のハイライトの長江源流などにも足を踏み入れることを遂行しなければいけない。しかし、責任者の立場で、厚い手当てしなかったら、怨まれて、自分の威信は落ちるに違いない。だから、この時私が一番恐れていたのは、「だれかの優しい気持ち」だった。(実際、その夜、自分の一番恐れている事態が起きた。)
私は一号車と三号車で、「これからは進む道しかなく、お互いに励まし、力あわせて崑崙を乗り越えましょう」と励ました。バスはゴルムドから出ると、茶色の岩石からなる山が左から見えてくる。右はゴルムド川、この川は崑崙山脈から流れてきて、青海湖に流れる。絵のよう澄んだ緑の色で、波紋はなく、止まっているようにみえる。崑崙山脈は古くから中国それからシルクロードに暮らす人々に信仰されていた神聖なる山で、たくさんの伝説がある。そこに中国の道教の信仰している宇宙の最高支配者「西王母」の住まいでもある。またタクラマカンの南にある「国々」は崑崙山脈の溶け雪によって暮らしている。だから私には、崑崙と言う響きに宇宙の混沌、蒼々天宇、古きロマンが含まれているように感じる。そして私はいまこの「崑崙」にいる。
崑崙は古代から一種有名な玉が出ている、崑崙玉である。それをもとめて古代の商人は西や東からゴルムドにやってくる。崑崙の麓では地下から泉が涌いてきて、地元の人たちはそれを生活用水にし、またミネラルウォーターにして売り込む。ゴルムドから崑崙山脈にはいってからは、ほとんど人影もない不毛の地になるはずだが、中国の大西部開発計画の一環として、ゴルムドからチベットのラサまで鉄道をつくることになった。壮大な計画だ。政府は5年後完成することを目指している。レールはほぼいまの青蔵公路にそってつくる。ゆえにバスを走っている間に中国の国営鉄道会社の看板やスローガン、工事現場が見えます。スローガンでは、「大西部に献身」などが書かれていた。
私は大學で、コンピュータビジョンについて研究していた。しかし心中、「コンピュータビジョンを実現する前、我が人生のビジョンを実現させたい」と繰り返して自分に言い聞かせた。「大西部のゴビ灘に汗を流す」ことは、我なりの青春のロマンだった。今ここに、私の青春の志を見えた。天と地の間、怒涛のような雲と風に包まれる中に、生命の力を感じた。
張 宇 (2001年 長江・黄河源流を辿る旅の回想録)
投稿者 wataridori : 22:57 | コメント (0)
2005年12月19日
奔流ロプノールTシャツのデザイン
奔流オリジナル《ロプノール》Tシャツのデザインについて
ロプノールとは、彷徨える湖のこと。古代楼蘭国の近くに流れ、楼蘭国の興衰に関わる幻の湖。ロプノールTシャツは“文明を着る”という意気込みではじめたものです。
シリーズ第Ⅰ弾 モチーフの絵は古代遊牧民族狩猟の風景。
シリーズ第Ⅱ弾 モチーフの絵は自由自在に駆ける二匹の駿馬。
敢えて縦書きのモンゴル文字を前に入れました。そのモンゴル意味は三つありまして(直訳できない言葉ですが)、①自由奔放に駆ける。②愛で離れない。③希望と情熱を意味する。
シリーズ第Ⅲ弾 モチーフ ‘太陽と星' デザイン募集!
(2月末にまで、個性的かつ躍動感のある、あるいは野心的なデザインを募集します)
《古代遊牧民族狩猟》絵の制作にあたり、多くの試行錯誤もあったが、高級感の演出のため、最終的にディオールに思わせるようなシルバー色に辿りつきました。それでも偶にキャンパスで着てくれる方を見かけて、本当にうれしいです。ブランドでもメーカーでもなんでもないですが、ブランドでものを判断するのでなく、個人の眼力と基準でそのデザインを認めてくれた方に、本当に感謝です。心の支えになります。
投稿者 wataridori : 17:00 | コメント (0)
2005年12月18日
風の子
旅の美学
暗闇を歩む。
荒野を走る。
次の日の太陽が昇り始める時に、我れが去りゆく。
風
都会では風に吹かれることがめったいにないのがきわめて残念なことだ。
しかし、それよりもっと残念なのが、
風に吹かれるのを恐れる人たちだ。
放浪
帰る家があって、はじめて行く勇気がある。
理想
歳月が無情に経つ。
叶えた理想は些かな傲慢となる。
叶えない理想は負担となる。
だけど、いざ理想すら忘れた時に、空しくなる。
友情
昔、孤独ゆえの友情は軽蔑していた。
人はだれでも寂しくなる時がある、と今気づいた。
しかし、そんなことを気づく自分はどこか恥ずかしい。
古武士
鎧を着て戦いたい、それが俺の小さい時の夢だった。
いざ大人になると、裸になって戦わなければならないことが教えられた。
英雄 「ヒーロー」
たとえ、時代がヒーローを必要としなくても、
たとえ、ヒーローというだけでも気苦しくなるとしても・・・
鼎
古代中国に鼎というものがある。
三つの足で立っていて、天下を意味するもの。
人間の成り立ちも・・・科学、文教、武道
継続しないと、人間は、崩れる。
親子
悩む時に、母親に電話した。苦しいことなど何も言わなかった。
普通の親子の雑談だった。
だけど、気分が、とてもすっきりになった。
世の中、母親より大切な存在があるだろうか。
沈黙
弁解するなら、沈黙であれ。